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子育て幽霊

子育て幽霊、飴を買いに来る母

監修:作成日:更新日:

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アジア
日本日本(日本)
👻
ランク
産女の母霊Lv. 72
👹
階層
日本の妖怪階層Lv. 85

飴買い幽霊の伝説

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子育て幽霊は、産で死んだ母の漠然とした霊ではない。日本のほぼ全土で、同じ骨組みのまま語られてきた一つの具体的な話である。飴屋が夜遅くまで店を開けていると、白装束の青ざめた女が現れ、水飴を買って一言も言わずに去る。翌晩も、その次の晩も来る。銭が尽きると女は代金を出さなくなり、飴屋に手招きしてついて来いと促す。飴屋があとを追うと女は墓地へ入り、ある墓の上で消え、土の下から赤子の泣き声が聞こえてくる。墓を開けてみると、死んだ女とその傍らに、そこで生まれた生きた赤子がいた。飴がこの子を養っていたのである。京の伝えはこの出来事を慶長四年(一五九九年)、鳥辺野の墓地の入口にあたる六道の辻に置く。話全体を支えているのは銭だ。女が使ったのは六文銭、三途の川の渡し賃として棺に納める六枚の銭である。一晩に一文ずつ使い、七日目にはもう払うものが残っていない。

何を買い、何で払い、何を残すか

子育て幽霊がほかのほとんどの日本の幽霊と違うのは、ものを手で扱う点である。壁を抜けもせず、宙に浮きもしない。店に入り、銭を差し出し、包みを提げて帰る。装いは経帷子の白、髪に飾りはなく、どの伝えでも口をきかない。ついて来させたいときは指をさす。買う品は土地によって変わる。京では飴、すなわち水飴であり、ほかの土地では餅や団子を買う。だからこの同じ話は餅を買う幽霊としても知られている。いくつかの伝えでは、朝になって飴屋が銭箱をのぞくと、銭が枯葉や墓の供物に変わっている。死者の銭のしるしとして知られたかたちである。ラフカディオ・ハーンは松江で一つの変種を採り、一八九四年に公にした。そこでは店は中原町、大雄寺の墓地のかたわらにあり、売られているのは水飴、乳の得られぬ子に与えた琥珀色の麦芽の飴である。女は毎晩一厘を払う。ハーンはこの話を、主題そのものを言い当てる一句で結んでいる。愛は死より強い、と。

産女と子育て幽霊は求めるものが違う

この二つの姿はどちらも産で死んだ女であり、どちらも夜に赤子を抱いて現れるが、ふるまいは正反対である。『今昔物語集』や鳥山石燕の絵入り妖怪図巻に見える産女は、道行く人の前に立ちはだかり、赤子を腕に押しつけて抱いてくれと頼む。包みはしだいに重くなり、しまいには岩のようになるが、耐えぬいた者は人並みはずれた怪力を授かる。子育て幽霊は誰にも何も頼まない。買ったものの代を払い、墓へ帰るだけだ。一方は呼びかけ、一方は自分で始末をつける。だからこそ後者は恐ろしい怪異ではなく教訓話として読まれ、だからこそ説教者たちがこれを用いた。江戸初期の僧月感は、母の恩を説くために四つの恩を論じた書のなかにこの話を収めている。骨組みは日本より古い。旃陀越国王経という仏典に由来し、中国には十二世紀の洪邁『夷堅志』という近い親戚がある。そこでは女が買うのは飴ではなく餅である。子については、寺に引き取られて僧になったと語られる。京の伝えでは六十八歳まで生き、東北の伝えでは名を与えられて頭白上人と同一視される。

いまも売られている飴

この話にはいまも立っている物証がある。京都の東山、六道の辻からほんの数歩のところに、みなとやという店があり、何百年も前から伝説そのままの名でその飴を売っている。幽霊子育飴、幽霊が我が子を育てた飴である。琥珀色で、手で切り分けられ、麦芽の味がする。観光客のためにこしらえた土産ではない。店の建つ場所は、かつて鳥辺野の墓所への入口があったところであり、観光というものが生まれるはるか以前からこの商いを続けている。伝説はまた、ほとんど誰も結びつけて考えない道筋で現代の大衆文化にも入りこんだ。妖怪の現代的な姿かたちを決定づけた絵師、水木しげるは、墓の中で生まれたこの子こそ、のちに自分のもっとも有名な作品の主人公となる人物の種であったと語っている。これは、恐ろしくないからこそ生き延びた類いの話である。日本の幽霊の目録はほとんどが受けた仕打ちでできている。裏切られた妻、処刑された男、毒を盛られた女中、流された帝。そのなかで子育て幽霊だけが、誰かに復讐するためでも何かを求めるためでもなく、買い物をするために戻ってくる。

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別名

"子育て幽霊"

遺物

象徴

🔥

元素

母なる霊魂

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数字

6

🎨

純白の色

🦁

動物

鳥辺野の烏

印章:

水飴六文銭白帷子

特性

💔

弱点

🧠

行動

🛡️

耐性

アトラスで見る

存在の起源の世界と、その次元の宇宙を旅しよう。

神話

📍 日本
📅 江戸時代(1603-1868)とその後の伝統

日本の民間伝承は、口承伝統、神話、伝説、妖怪や神などの超自然的存在を包含し、江戸期の鳥山石燕による画図百鬼夜行や今昔百鬼拾遺などの挿絵テキストにまとめられ、神道アニミズム信仰、洪水や干ばつへの生態学的恐怖、滋賀・大阪・京都などの川、湖、田んぼでの自然尊重を反映します。

出典

🌿

今昔物語集

編者不詳 · 12世紀

平安時代末期(12世紀頃)の千を超える説話を集めた、日本の膨大な物語集。インド・中国・日本の仏教説話、世俗説話、怪異譚を収め、妖怪・鬼・霊など日本の民間伝承の重要な資料となる。

📚

画図百鬼夜行

鳥山石燕 · 1776

鳥山石燕による妖怪画集。妖怪の古典的な姿を決定づけた影響力ある画集シリーズ(1776〜1784)の一冊。

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知られぬ日本の面影

小泉八雲 · 1894

小泉八雲が出雲で過ごした年月について1894年に刊行した書。その第十五章は「狐」と題され、稲荷の狐と野の狐の区分、狐火、村々で書き留められた憑依の例など、狐信仰について著作権の切れた文献のなかで最も詳しい記述となっている。

よくある質問

死んでいるのに、何で飴の代金を払ったのか。

棺に納める六文銭、すなわち三途の川の渡し賃である。一晩に一文ずつ使い、七日目には何も残らない。だから代金を出すのをやめ、飴屋に手招きしてついて来させる。この話は、母が自分の渡し賃を我が子のために使ってしまう。全体を支えているのはその一点である。

産女とはどこが違うのか。

求めるものが違う。産女は道行く人の前をさえぎり、抱いてくれと赤子を腕に押しつける。その包みは岩のように重くなる。子育て幽霊は誰にも何も求めない。店に入り、代を払い、帰るだけだ。一方は助けを要し、一方は自分で足りる。だから一方は人を怖がらせ、一方は人の胸を打つ。

その飴はいまも売られているのか。

いまも売られている。京都の東山、六道の辻のかたわらにある「みなとや」が、伝説そのままの名で商っている。幽霊子育飴という。店の建つ場所は、かつて鳥辺野の墓所への入口があったところ、つまり話が墓を置いているまさにその場所である。琥珀色で、手で切り分け、麦芽の味がする。

この伝説はもともと日本のものか。

骨組みは外から来ている。旃陀越国王経という仏典に由来し、中国には十二世紀の洪邁『夷堅志』という近い親戚がある。そこでは女が買うのは飴ではなく餅だ。日本のものはそれ以外のすべてである。六文銭、町の飴屋、菓子の名、そして母の恩を説くために説教者たちがこの話に与えた用途である。

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Bestiarypedia. (2026, August 21). 子育て幽霊. Bestiarypedia. https://bestiarypedia.com/ja/beings/kosodate-yurei

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最終更新: 2026年8月21日