モロイ
生ける、あるいは無洗礼の吸血鬼
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ヨーロッパ
ワラキア(ルーマニア)
トランシルヴァニア(ルーマニア)🔄 変容の系統 (フェーズ 1 / 3)
モロイの起源
ルーマニアの民間伝承において、モロイ(ムロイ、女性形モロアイカ)はストリゴイとは別の生き物を指すのではなく、同じ存在の別名である。トゥドル・パンフィレは『ルーマニア神話』(一九一六年)で、この語がおもにアルデアル(トランシルヴァニア)、ムンテニア西部、オルテニアで用いられると記し、ブコヴィナでは代わりにヴィドマと呼ばれたと述べる。両者を分ける試みは土地ごとの不安定な区別にすぎず、信仰の一体性を破ることはできない、というのが彼の警告である。この境涯に至る道は二つある。第一は徴のある誕生。エミリー・ジェラードが『トランシルヴァニアの迷信』(一八八五年)に記した、私生児の親から生まれた私生児、七人兄弟の七番目の男子、頭に羊膜の帽子をかぶって生まれた子である。第二は、村々ではるかに多く語られる無洗礼の死。秘跡を受けずに葬られた子はモロイとなり、生まれた家へ戻ってくる。
顕現
モロイが働くのは、おもにその肉体が眠っているあいだである。昼は並の隣人として通るが、蒼白さ、重い眠り、説明のつかない疲れがその徴だと信じられた。夜になると魂は体を離れて家々に入り、眠る者の胸に乗って息を奪う。ヨーロッパの他の地域がマーラと呼んだ夢魔と同じ姿である。パンフィレはまた、村人が当然としていた形の分担を書き留めている。ストリゴイはグレーハウンドか狼に変じ、モロイは蠅に変じて隙間から忍び込む、と。伝承は息だけに留まらない。パンフィレが引くブコヴィナの証言によれば、無洗礼のまま死んだ子らの魂は夜ごと村を歩き、子どもや娘の血を吸い、吸われた者は病んで死ぬ。家畜の落ち着かなさ、眠れぬ夜、理由のない衰弱が、その通り道を告げた。
防御と後世
モロイに対して村が用いたのは、ストリゴイ一般に用いるのと同じもの(大蒜、聖水、十字架、戸口と窓に唱える正教の祈り)であった。ただし無洗礼で死んだ子には固有の手立てがあった。その墓に七年のあいだ続けて聖水を注ぐのである。パンフィレが雑誌『イオン・クレアンガ』から引く証言によれば、この注ぎを受けなかった子は母の家へ戻ってきた。疑いが成人の死者に及んだ場合には、うつ伏せに埋め、杭を打ち、あるいは口に大蒜と種を詰めた。種を数えることに手を取らせ、あるいは墓穴に縛りつけるためである。名は信仰よりも長く生き延びた。アグネス・ムルゴチが『ルーマニアの吸血鬼』(一九二六年)で英語の民族誌に持ち込み、二十世紀の吸血鬼小説がこれを借りたため、今日の大衆文化におけるモロイは、オルテニアの農民が埋めていたものとはかなり別のものを指している。
別名
遺物
象徴
元素
影闇
数字
1
色
白色
動物
猫, 犬
印章:
特性
力
弱点
行動
耐性
神話
ルーマニア民間伝承はzmeiドラゴン、strigoi吸血鬼、moroi精霊、iele悪意の妖精、pădurari森の守護者などを含み、カーパチア山脈とトランシルヴァニアのキリスト教以前伝統に根ざし、血を吸う者や変身者の物語。
出典
トランシルヴァニアの迷信
Emily Gerard · 1885
エミリー・ジェラードが『ナインティーンス・センチュリー』誌(ロンドン、一八八五年)に発表した、トランシルヴァニアの農村の信仰についての論考。ノスフェラトゥと呼ぶルーマニアの吸血鬼を記述し、生ける者と死せる者を区別する。生ける者はふつう私生児の親から生まれた私生児であり、その手にかかって死んだ者もまた吸血鬼になるという。ブラム・ストーカーは『ドラキュラ』を書く前にこれを読んでいる。
ルーマニアの吸血鬼
Agnes Murgoci · 1926
アグネス・ムルゴチが『フォークロア』誌第三十七巻第四号(一九二六年)三二〇〜三四九頁に発表した研究。著者のルーマニアでの現地調査をまとめ、生けるストリゴイ・ヴィイと死せるストリゴイ・モルツィの区別、墓を開いたときに探された徴、そして破壊の儀礼の一覧(杭、斬首、焼いた心臓、病人に飲ませる灰)を、英語で初めて整理した。
ルーマニア神話 第一巻 人の敵と味方
トゥドル・パンフィレ · 1916年
トゥドル・パンフィレが編んだルーマニア民間伝承の集成(ブカレスト、一九一六年)。第一部をストリゴイに充て、モロイがトランシルヴァニア、ムンテニア西部、オルテニアにおける同じ存在の呼び名であることを記す。羊膜の帽子をかぶった誕生、墓の発掘、封じの儀礼についての村々の証言を数百件収める。
よくある質問
モロイはストリゴイとは別の存在なのか。
いいえ。史料の上では同一である。トゥドル・パンフィレは一九一六年に明言している。モロイとは、トランシルヴァニア、ムンテニア西部、オルテニアでストリゴイをそう呼ぶ言い方であり、一部の村人が立てた区別(一方は邪視を与え他方は与えない、一方は狼に他方は蠅になる)は土地ごとの不定の目印にすぎず、ついに二つの名を分かつことはなかった、と。生けるモロイと死せるストリゴイという截然たる区分は、便覧に便利な後代の整理であって、ルーマニアの信仰がそれを支えているわけではない。
モロイは夜どのように現れるのか。
見える姿としてではなく、圧しかかる気配として現れる。魂は眠る体を抜け出し、どんな隙間からでも入り込み、眠る者の胸に乗って息を奪う。ヨーロッパの他の地域でマーラと呼ばれた夢魔とまったく同じ像である。パンフィレは、家に忍び込むためにモロイは蠅に(ストリゴイは猟犬か狼に)変じると記す。ブコヴィナの証言では、無洗礼で死んだ子はさらに進んで、ほかの子どもや娘の血を吸う。村が目にしたのはその結果であった。落ち着かない家畜、眠れぬ夜、どんな労働でも説明のつかない衰弱である。
モロイは死ぬとストリゴイになるのか。
そう言われるのが常であるが、正しく理解しておく必要がある。伝承集が語るのは、生前にその力を持ち、しかるべき儀礼なしに死んだ者は、葬られたのちに起き上がるということである。だがこれは、ある生き物が別の生き物へ変わるのではない。同じ存在が生けるかたち、すなわちストリゴイ・ヴィウから、死せるかたち、すなわちストリゴイ・モルトへ移るのである。境目は葬儀であった。正教の儀礼、口に含ませる大蒜、うつ伏せの埋葬、あるいは杭が、その移行をふさぎ、それらを欠くとき道が開いた。ゆえに村人は、埋葬から数週のあいだ、疑わしい者の墓を見張った。帰ってくるのはその時期だとされたからである。
ルーマニアの民間伝承でモロイを見分ける徴は何か。
第一の徴は誕生のときに見える。新生児の頭を覆う羊膜の帽子であり、母はそれが徴を宿すと信じて取っておいた。次に体の徴が来るが、これらは欠如の徴であるため当てにならない。蒼白、深すぎる眠り、理由のない疲れである。最後に他人の家に現れる徴があり、村を実際に動かしたのはこれであった。鎮まらない家畜、痩せてゆく子、疲れ果てて目覚める娘。病人の部屋にしつこくまとわりつく蠅は、モロイが入ってきた姿と読まれた。いずれの徴も単独では誰をも特定しない。そしてまさにその曖昧さが、目障りな隣人を指さすことを許したのである。
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